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1周年

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01/01

新年明けましておめでとうございます。

しばらく更新しない間に、日本から何通か生存確認のメールを頂きました。
ご心配おかけして申し訳ございません。
元気にやっております。

この半年の間にいろんなことがありました。
いろいろありすぎるので、帰国してからお話します。
要は思い出すのも書くのもしんどいんです。

1つあげるとすれば、おとーちゃんとおかーちゃんがナミビアに来ちゃったことでしょうか。
はるばるアフリカの大地にやってきてくれました。
エジプトなどのメジャーな旅行先ならともかく、旅行ガイドブックにも全然載っていない南部アフリカの国に、しかもヨハネスブルグを通ってくるなんてうちの両親もなかなかファンキーだったなぁと今になって思います。

アフリカに年配の両親がたずねてこられるくらい、海外が身近になったということです。
両親が自分の歳の頃は考えられなかったことだと思います。

しかし身近になったとはいえ、それは往復の交通の話。
日本人にとって日本より安全な海外の国などはなく、それは今も昔も変わりません。
自分の任地や観光名所へ連れていきましたが、首都の盗難が多発する大通りも歩いてもらいました。
1年以上ナミビアにいる自分ですら目を光らせていなければ何か盗られてしまうような通り。さすがに母親はかなり神経を削られたようです。
でも、これがアフリカだということを伝えたかったんです。

とにかく無事に、交通事故も盗難もなく日本に帰れたのでほっとしました。



タイトルの「1周年」ですが、ナミビアに来てから1年とかじゃなく、結婚して1年とかいうわけでもありません。

なんと最後に髪を切ってから1年が過ぎてしまいました。

協力隊に参加する人は坊主にしたり伸ばし続ける人が多いのですが、自分も長い人生で伸ばしてOKな時期なんてそうないと思い、伸ばしちゃいました。イメチェンです。

↓↓こんな感じです。

かたーい肉
上下学校ジャージを着てます。かたい羊肉を噛むとこういう顔になります。

南アフリカ国境
ナミビアと南アフリカの国境を流れるオレンジリバー。乾燥地帯の岩山を流れる大きな川は不思議です。


最初は90年代のキムタクを目指しましたが、どうも髪以前に顔が追いつかないようで断念。
自分は少しクセがあるので、最終的にマリノスの中澤みたいになりました。
1年が経ち、区切りがよくて目指すものもなくなったので、12月30日に切りました。

ちなみにナミビアでこの程度の長さの髪の毛は売り物になるようです。
大体5000円くらいらしいです。
友達から何件か予約が入っていましたが、争いになるので切った髪は捨てることにしました。



学校では2010年度が終わり、1月から新年度がスタートします。
これからも、算数・理科の副教材充実、同僚も含めたコンピュータの指導を中心に進めていこうと考えています。
自分の後任も決まり、自分が帰国してすぐに来るようです。



さらに、今年は自分の進路も決めなければなりません。
協力隊というのは現在事業仕分けでことごとく叩かれていますが、社会にその成果が正しく伝わっていないのが実情です。
それを正しく伝えていくのが今後の私たちの課題のひとつではあるのですが、如何せんまずは自分の次のフィールドを決めなければなりません。

帰国したら、職歴なし24歳無職からスタートです。
2011年は波乱の年となりそうです。

本年も宜しくお願い致します。

冒険家
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School Tour

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09/21

第一子誕生

ナミビアに来てから早3ヶ月。ついに待望の第一子誕生。
名前はマルコ、女の子です。
ナミビアの赤ちゃん、本当に可愛い。
ちゃんとバビンスキー反射もしてくれます。


と、いうわけで春休み中の8月29日から9月5日まで配属校のSchool Tourに参加してきた。参加者は主に最上級生のGrade7で、Grade5,6の子たち数人も参加した。


決して全員が行けたわけではなく、参加費のN$500(日本円にして約6000円)を払えた子たちだけで、全体の約半数である。日本の遠足や修学旅行を体験してきた自分にとって、全員参加ではないのは少し抵抗があった。でも同じ任地の先輩が「チャンスのある子には積極的に外の世界を見せてあげるという考え方でいいんじゃない?」とも教えてくれた。確かに最近日本の考え方に当てはめすぎなのかな、とも思う。授業もどうしても日本のものがちらちらと頭に浮かびながら、やってるし見ている。


ここはナミビアであり、子どもたちもナミビア人である。


さて、7泊8日の旅をまともに書くと大変なことになるので、今回は写真を多めに載せて綴っていこうと思う。ちなみに最初の写真はOkakuejoという所で出会った赤ちゃん。今回はナミビアの北部を中心にまわった。メインは何と言ってもEtosha国立公園。野生動物のメッカである。


移動はバス1台とスクールコンビ。バスはGovernmentから借りられて少し安くなっていたようだ。
大体100kmごとに町があるので、その度に給油しつつ休憩を取る。驚いたことに子どもたちが毎回飲み物やらお菓子を買ってくることだ。


Erongosig Primary School はロケーション(アパルトヘイト時代の黒人街)にある2つのPrimaryのうち授業料が高いほうで、先生たちの英語のスキルもそれなりである。その学校の中でもN$500が払えた子たちなのだから、生活には苦労していない家庭の子どもたちがこのTourに参加している。そう思うとこの光景は特に不思議なことではない。アフリカの中のナミビアという国の相対的な位置づけを感じられる。派遣前の予想とはだいぶ離れている。


初日に泊まったのはTsumebという町のOndundu Primary School。春休み中の学校の空き教室を使ってみんなで雑魚寝である。


教室で雑魚寝


食事は先生が中心になって子どもたちが手伝う。率先して手伝う子もいれば、名前を呼んでも聞こえないふりをする子もいる。大きな釜と薪をUsakosから持ってきていて、さながらキャンプのようだ。子どもたちはそれぞれお皿・スプーン・フォーク・コップなどを持ってきていて、みんなきちんと並んで食事を受け取っていく。


夕飯を受け取る列


みんなで雑魚寝というのはいい。運転手さんの大きないびきは除いて。


下の写真は次の日に行ったOtjikoto Lakeである。乾燥地帯の延々と続く国道の脇に突如現れる深さ100m以上の湖。


Otjikoto Lake



Japaneseのとなりに写っているのは同僚のMbomboro(ボンボーロ)先生。生粋のヘレロのヒンバ族で、子どもの頃は伝統により常に上裸で生活していたそうだ。彼はよく自分のことを「ヒンバボーイ」と呼び、「ヒンバボーイがジャパニーズガイに火の炊き方を教えてやるぜ」なんて言ってくれる。来年彼の実家に連れて行ってもらう約束をした。今から楽しみである。


そしてEtosha国立公園に入った。この公園内に教育施設があるのだが、学校関係団体が格安で宿泊できる。施設のおじさんが


「ここは国立公園で、夜は動物を刺激しないように静かにしてください。絶対!!」


と釘をさされた。しかし、夕飯を食べ終わると校長がスピーカーを持ち出してきてダンスを踊り始める。校長の家のすぐ隣はシャビーン(安いバー。クラブのように常に音楽が流れている)で、ノリも半端ない。さらには勝手に子どもたちを呼び出してきてミスEPSコンテストを始める。軽く酔っていた自分もミスJapanとしてダンスとセクシーなポーズを決めてやりました!!写真に残っていないのが残念。いや、よかったのかも。


Etosha国立公園では、車に乗りながらまわる。絶対に降りたり窓から乗り出してはならず、速度制限は60km/hとなっている。動物たちは車が来ようと気にせず、ありのままの姿を見せてくれる。

セクシーなお尻

ケツを見せつけて、微動だにしない。なんと失礼なシマウマだろう。いや、ケツから覗いている我々人間が失礼なのかもしれない。


一番可愛かった子☆


これはスプリングボック。鹿に似ていてとっても可愛い☆このTourで約1000頭くらい見た気がする。


ほかにも象、キリン、オリックス、ライオンなどなど、数え切れない動物を見ることが出来た。
その中でもいろんなことを感じたのがこの湖。

憩いの場


この日はほとんどがシマウマとスプリングボックだが、日によってはたくさんの動物がここに集まってくるという。あのパチンコのCMではないが、こうしてひとつの場所を穏やかに共有している絵から人間は大きなことを学ばなければならない、と思った。


そのほかにどんな事をしたかというと…


プール



まともに風呂も入れてない生徒と先生で、バカンスを楽しんでいる白人さんたちを掻き分けてプールに飛び込んだり。


5年後のW杯 ナミビア代表



地元の小学校の子どもたちと学校対抗でサッカーをしたり(PEPSIの’P’と’I’を隠すと、見事EPS=Erongosig Primary School になるという)。


キャンプファイヤーにて



キャンプをして、キャンプファイヤーで7年生の将来の夢を語ったりした。
将来の夢はお医者さんと弁護士が多かった。先生は2人くらいだったかな。


自分は最後の3日間で食あたりを起こし、食事どころではなくなった。
おそらくどこかで飲んだ水がよくなかったのだろう。
Usakosでは基本的にそのまま水が飲めるが、ナミビアどこでも大丈夫というわけではないらしい。


とにかく旅先で下痢になると、ナミビアでは死のロードが待っている。帰るだけでも移動距離は数百キロになり、路面の状態は決して良くはない。子どもたちは面白がってお腹をつついてくる。


この8日間常にカメラマンを務めてきたが、この3日間は写真の数も激減。テンションも激減。減らなかったのは体重だけ。ずっと同僚の先生と子どもたちに心配されながら帰ってきた。


総移動距離は約3000km。とにかく事故もなくみんな無事に帰ってこれてよかった。長距離移動になると、EPSでは出発のときと帰ってきたときにみんなでお祈りをする。みんなクリスチャンである。


集合写真


それぞれ家の前まで届けると、お母さんたちの姿が。8日間うるさくて生意気で夜も常に寝付かなかったガキンチョたちだが、お母さんの姿を見ると飛びついて抱きしめられていた。そんな姿は世界共通なのかな。そう、信じたい。
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