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02/05

1月から新年度が始まり、授業のコマ数が増えた。
週40コマあるうちの20コマ。去年12コマだったことを考えると少しアップ。
ナミビアのほかの隊員で30コマ以上持っている人もいるから、協力隊としては少ないほう。


去年卒業した7年生が2クラスだったので、去年は5年生から7年生で4クラスだったのが今年は3クラスになる。
ちなみに5年生から7年生は教科担任制をとっている。
クラスは減ったのに教員の数は同じだから、他の先生もかなり空きのコマができているみたい。
先生飽和状態っす。ナミビアは地域や学校によって先生が足りないところもあれば足りてるところもある。
今年のEPSのように教員が余っているようならば、本来は地域の教育委員会が調整するはずなんだけど、ボランティア(すなはちおれ)が1人としてカウントされていないためこんな事態が起きている。少しだけ心苦しい。


さて、算数を持ったことで忙しさは倍になった。
初日から気合入れてトップギアに入れた。


が、宿題を多めに出してたら、宿題のチェックに追われるようになってしまった。
授業時間に各自で○付けするようにしてもいいんだけど、やっぱり一人一人見てあげたいしコメントもしたい。
何よりどの子がどれだけ算数ができるのか把握したいし、全体的にナミビアの子が何が苦手なのか知りたい。


クラスの雰囲気はと言うと、全然集中してない。手の掛かる子が35人中30人くらいいる。
おれが体罰をしないことをみんな知っているので、安心しているというかナメてる。


あんまりちょっかいが止まらない子には一分間その場に立たせるペナルティーを課している。
日本でそんなことやったら職を失ってしまうが、日本のやり方がすべてナミビアで通じるわけではない。


自分のポリシーは貫く一方で、指導するべきところビシッとせねば。
”Keep Quiet!!”って叫んだ5秒後にまた喋り出すから、立たせて良いこと悪いことをしっかり認識させている。



話は変わるが、お昼ごはんはいつも作って持参している。子どもたちは政府支給のポリッジを食べる子もいれば、サンドウィッチを持ってきている子もいる。
ある子に聞いたら、サンドウィッチは朝5時半に起きて自分で作っているそうだ。


エライ!


男のおれが「自分で作っているよ」って子どもたちに言ったら、みんなビックリしていた。
(↓ある日の会話を和訳)

「先生自分で作ってるんか!?」
「あったりめーじゃんか~。」
「何でも作れるの??」
「おう。大概のもんは朝飯前だな。」

最近料理がうまく言ってたから調子に乗ってこんなことを言ったら

「それじゃケンタッキーも作れる???」
「おれを誰だと思ってる!左手だけで作れるぞ。」

ということで週末にケンタッキーを作ることを約束してしまった。
インターネットでレシピを探せば何とかなるかと思って軽く約束してしまったのだが、帰って調べてみるとレシピは非公開だった(当たり前か)。
ケンタッキーに近いものは作れるようだが、それもスパイスをたくさん入れなきゃならん。
かなり険しい道だ。。。


『続く』


長くなるので今日はここまでにします。
最近全然書いてないけど、必ず1週間以内に後編を書きます!!

ABCDE

カテゴリ:Usakos

12/06

今週の月曜日に生徒たちの試験が終わり、晴れてGrade7の子どもたちが卒業していった。
この先の人生も教師をしていこうと考えている自分にとって、初めて卒業生を送り出したことになる。


今年のGrade7は2クラスに分かれていて各クラスの人数が少なかったせいか、それとも最高学年だからなのか、すごく落ち着いている学年だった。
授業でも本当に自分の話を真剣に聞こうとしてくれるし、ソーラン節を教えたときもすごくノリがよかった。
だいたい14歳か15歳の子が集まっている学年。日本でいうと中学2年生から3年生の思春期真っ盛りだろう。そして反抗期真っ盛り。教師の言うことを聞かなくなる時期である。
日本の子と比較するのはよくないし意味の無いことなんだけれども、右も左も分からなかった自分をこのGrade7が快く迎えてくれたことに、とても感謝している。


授業は週にたったの3コマしか持てなかったけれど、日頃から「マスターチンヤ!!(=Mr. Shinya)」と声をかけてくれた。本来は先生から声をかけてあげるんだけどね。子どもから教わるということはこういうこと。


卒業していった月曜日。
日本のような涙溢れる卒業式を想像していたけど、EPSの卒業式は結構あっさり。


朝会で校長が卒業生を前に並ばせてちょっとした話をしてたけど、送り出す在校生はいつもの半分くらいしかいない。
というのも、Grade4までの子どもたちは公式のExaminationがなく、すでに各クラスで授業を一通り終わっていたので月曜にはほとんど学校に来ていなかったのだ。


最後の1科目の試験終了後にGrade7の子たちがクラスに集まってパーティーをしていた。
1時間もかからないささやかなものだったけど、みんな楽しそう。
芸術の授業でコブクロの「WINDING ROAD」の歌とソーラン節を教えたのだが、パーティーでそれを披露してくれた。


教えるおれがそもそも歌も踊りも下手くそだった。でもそんな授業でも楽しんでくれる。
卒業しちゃって来年は教えられないけれど、その代わりに次の受け持ちの子どもにもっと楽しく教えよう。
日本に帰ってからも芸術科の授業は自分の課題にしていこう。


それが彼らへの恩返し。


と、いうわけで試験が終わった日に卒業していった彼ら。
実は自分が卒業できるか出来ないかは、知らない(!!)
笑顔で送り出した子どもたちが、来年の1月に「先生おはよう」なんてことも十分あり得るのだ。


最終試験が大きなウェイトを占めるものの、卒業判定の成績は日々の小テスト等も5割程度反映される。
芸術や体育はNon Promotional Subjectと呼ばれ、卒業には影響しない。


卒業に影響するPromotional Subjectは以下の6つである。

・英語
・アフリカーンス語
・算数
・理科
・社会科
・農業/家庭科(選択制)

それぞれの教科にAからEまでのランクが絶対評価でつけられる。

A:80%~100%
B:60%~79%
C:45%~59%
D:30%~44%
E: 0%~29%


そして卒業条件が以下のとおり
・DとEが合計3個以下である
・Cが2個以上である

DDDDCC だと留年
EECCCC だと進級


ということになる。
ちなみに算数においてAを獲得したのはGrade5から7までの3学年でたったの1人。
逆にGrade7でEを取った子は50人中10人以上。

これを先生たちの手作業で計算していく。
おそらく計算に3日はかかったと思う。
もしExcelでやったら、おれの予想では3時間で終わる。
来年はぜひExcelを教えたいけれど、表計算まで教えるのは並大抵ではないだろう。


手作業でやる分、ミスが出てしまう。
確認作業を手伝っていたが、数字の1,2点の差ならいいが、肝心のABCのシンボルを間違えているところもある。
生徒の未来もかかっているので、このミスは致命的だ。


結局のところ、各学年で3から5人の子どもたちが留年した。
留年すると次の年は進級条件を満たさなくても自動的に進級できる。


・算数でEをとっても他の教科がよければ進級できる
・分かって無くても2年かければ進級できる


この2つの制度が「算数ができない生徒が中学校にたくさんいる」という現状を作っている、と同僚が言っていた。
自分が思うには原因はこの「制度」と「教師の授業力不足」の2つである。


でも今は「授業力不足」に関しては言えない。まずは来年受け持つクラスで自分が結果を残す。
そこで初めて同僚が算数に関して聞く耳を持ってくれると思う。


今週の会議で来年の受け持ち科目について話し合われたが、おれの実力はまだ信用されていない。
まだ1度も授業していないせいもあるんだけどね。
校長にお願いして1学年だけ持たせてもらった。


とにかく来年受け持つGrade6で子どもたちを伸ばしてあげよう。


活動は1つずつ。1歩ずつ。


Grade7のみんな、卒業おめでとう。
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衣食住の「食」

カテゴリ:Usakos

10/29

「シンヤ見て見て。サンダルが壊れちゃった!」
校長にそう呼ばれて見ると、なるほど確かに壊れている。
しかし、すり減ったわけでもなく鼻緒が切れたわけでもない。
まるで煎餅が割れたようにスパーンと真っ二つに割れている。
ヒールの無い平べったいサンダルが。


一体どうすればこんな風に壊れるのかな~って思ったけど、要は体重が重すぎて耐えられなくなったんだと思う。簡単なこと。


うちの学校の先生は総勢11名のうち女性が8名。
みんなおれよりガタイがいい!!
彼女たちの肘から下がおれの太ももくらいかな。
柔道に換算すると2階級ほどの差。
正確はみんな穏やかだけど、腕相撲は絶対に勝てない。

こちらは校長先生。こうやって何気なく肩を組むだけでも圧迫感はアフリカクラス。
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こちらはアフリカーンス語担当のDiener先生。カラードです。カラードの歴史についてはまた今度。
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やっぱり肉中心のナミビアの食生活が、彼女たちをアフリカ屈指のガタイに作り上げているんだと思う。
と、いうわけで今回はナミビアの食生活を紹介~。


まず最初に、というかこれだけでナミビアの食のほぼ半分を語ることが出来る、ナミビア食のエース『ポリッジ』
メイズと言う穀物を粉に挽いたもの。
朝ごはん、昼ごはん、晩ごはん、さらにはパーティーにも登場するマルチプレーヤーです。


水の量によって柔らかさが変わってくるけれど、少し硬いと「ういろう」みたいな食感。
柔らかくするとどろっとする。
下の写真はおれが自分で作ったもの。
P1010663.jpg


朝はこのポリッジに牛乳と砂糖とバターを入れてシリアルのように食べる。
子どもたちはみんな朝これを食べるらしいけど、おれは胃もたれしてしまうのでたまに食べるくらい。


EPSでは1日8コマのうち真ん中に30分のお昼休みがあって、10時くらいだけどみんな昼ごはんを食べている。
うちからサンドイッチを持ってくる子が大半だが、持って来れないこのために地域のおばあちゃんたちがこの時間に合わせてポリッジを作ってくれる。
このポリッジは政府から寄付されているもの。
これだけを食べる子もいるし、家から持ってきた少しのおかずとポリッジを合わせて食べている子もいる。


晩ごはんはたっぷり油を使った肉料理と一緒に食べる。
油を沢山使って炒めたりするから、香辛料と合わさってソースが出来上がる。
そのソースに、手にとって丸めた固めのポリッジを付けて食べるのだ。


とうもろこしとか、そういった穀物を粉にしたものはアフリカの中でもパップ、ウガリ、などと名前を変えて各地にある。
しかしそこに合わせているおかずの質、またはおかずがあるかないかで、その国の裕福さを知ることができる。
ナミビアのように肉と一緒に食べるような国は稀。それだけナミビアの裕福さを感じる。


家から10分ほど歩いたところに、寮がある。
EPSは基本的にみんな家から通っているけど、前にも紹介したとおり、何百キロと離れた北部から来ている子のための寮がある。
最近学校から帰ってそこに遊びに行ったりするけど、そこの食堂も覗かせてもらった。
そこの子たちは朝昼晩がポリッジ。晩のポリッジは缶詰の魚を一欠けらだったかな。


「シンヤ先生はポリッジを食べないから力がないんだよ」


そんな言葉をよく生徒に言われる。
栄養学的なことはよくわかんないけど、ナミビア人のように強くなるにはポリッジと肉のオンパレードが近道なのかもしれない。


ちなみにそのポリッジのパッケージがこれ。
P1010668.jpg


昔の「MILO」を思い出してしまった。


ポリッジ以外には、これも肉だけど「BILTONG」と言う名のビーフジャーキー。これがうまい。
酒のつまみにもなるけど、長旅のお供に買ったりもする。
美味い上に固くて歯の強化にも役立つ。
200円でかなりの量が買える。やはり肉は安いのがナミビア。


「食」からはだいぶ離れるけど、ビールも安い。ワインはもっと安い。
ワインは南アフリカ産のものだけど、なぜ安いかは知らない。
ちなみにナミビアにある食品のうち、肉以外はほぼ全て南アフリカからの輸入。
乾燥地帯で砂地のナミビアでは農業が発達しないのだ。


だから、スーパーに並んでいる野菜も入荷の具合によってラインナップはまちまち。
葉物は珍しいから、レタスなんか合ったときはすぐに飛びついてしまう。


ナミビアに来てから自炊を通してるけど、まともな料理はなかなか作れない…。
外に飲みに行くことはあっても、食堂やレストランがウサコスには皆無のため、食べに行くことはない。
一人暮らしだから自分さえ納得すればいいから、とりあえず自炊を続けている。


肉中心だから香辛料がすごく充実している。
横浜にいたときからそうだったけど、使いこなせないくせに調味料ばっか揃っていく。


2年間で使いきれるかな……。

School Tour

カテゴリ:未分類

09/21

第一子誕生

ナミビアに来てから早3ヶ月。ついに待望の第一子誕生。
名前はマルコ、女の子です。
ナミビアの赤ちゃん、本当に可愛い。
ちゃんとバビンスキー反射もしてくれます。


と、いうわけで春休み中の8月29日から9月5日まで配属校のSchool Tourに参加してきた。参加者は主に最上級生のGrade7で、Grade5,6の子たち数人も参加した。


決して全員が行けたわけではなく、参加費のN$500(日本円にして約6000円)を払えた子たちだけで、全体の約半数である。日本の遠足や修学旅行を体験してきた自分にとって、全員参加ではないのは少し抵抗があった。でも同じ任地の先輩が「チャンスのある子には積極的に外の世界を見せてあげるという考え方でいいんじゃない?」とも教えてくれた。確かに最近日本の考え方に当てはめすぎなのかな、とも思う。授業もどうしても日本のものがちらちらと頭に浮かびながら、やってるし見ている。


ここはナミビアであり、子どもたちもナミビア人である。


さて、7泊8日の旅をまともに書くと大変なことになるので、今回は写真を多めに載せて綴っていこうと思う。ちなみに最初の写真はOkakuejoという所で出会った赤ちゃん。今回はナミビアの北部を中心にまわった。メインは何と言ってもEtosha国立公園。野生動物のメッカである。


移動はバス1台とスクールコンビ。バスはGovernmentから借りられて少し安くなっていたようだ。
大体100kmごとに町があるので、その度に給油しつつ休憩を取る。驚いたことに子どもたちが毎回飲み物やらお菓子を買ってくることだ。


Erongosig Primary School はロケーション(アパルトヘイト時代の黒人街)にある2つのPrimaryのうち授業料が高いほうで、先生たちの英語のスキルもそれなりである。その学校の中でもN$500が払えた子たちなのだから、生活には苦労していない家庭の子どもたちがこのTourに参加している。そう思うとこの光景は特に不思議なことではない。アフリカの中のナミビアという国の相対的な位置づけを感じられる。派遣前の予想とはだいぶ離れている。


初日に泊まったのはTsumebという町のOndundu Primary School。春休み中の学校の空き教室を使ってみんなで雑魚寝である。


教室で雑魚寝


食事は先生が中心になって子どもたちが手伝う。率先して手伝う子もいれば、名前を呼んでも聞こえないふりをする子もいる。大きな釜と薪をUsakosから持ってきていて、さながらキャンプのようだ。子どもたちはそれぞれお皿・スプーン・フォーク・コップなどを持ってきていて、みんなきちんと並んで食事を受け取っていく。


夕飯を受け取る列


みんなで雑魚寝というのはいい。運転手さんの大きないびきは除いて。


下の写真は次の日に行ったOtjikoto Lakeである。乾燥地帯の延々と続く国道の脇に突如現れる深さ100m以上の湖。


Otjikoto Lake



Japaneseのとなりに写っているのは同僚のMbomboro(ボンボーロ)先生。生粋のヘレロのヒンバ族で、子どもの頃は伝統により常に上裸で生活していたそうだ。彼はよく自分のことを「ヒンバボーイ」と呼び、「ヒンバボーイがジャパニーズガイに火の炊き方を教えてやるぜ」なんて言ってくれる。来年彼の実家に連れて行ってもらう約束をした。今から楽しみである。


そしてEtosha国立公園に入った。この公園内に教育施設があるのだが、学校関係団体が格安で宿泊できる。施設のおじさんが


「ここは国立公園で、夜は動物を刺激しないように静かにしてください。絶対!!」


と釘をさされた。しかし、夕飯を食べ終わると校長がスピーカーを持ち出してきてダンスを踊り始める。校長の家のすぐ隣はシャビーン(安いバー。クラブのように常に音楽が流れている)で、ノリも半端ない。さらには勝手に子どもたちを呼び出してきてミスEPSコンテストを始める。軽く酔っていた自分もミスJapanとしてダンスとセクシーなポーズを決めてやりました!!写真に残っていないのが残念。いや、よかったのかも。


Etosha国立公園では、車に乗りながらまわる。絶対に降りたり窓から乗り出してはならず、速度制限は60km/hとなっている。動物たちは車が来ようと気にせず、ありのままの姿を見せてくれる。

セクシーなお尻

ケツを見せつけて、微動だにしない。なんと失礼なシマウマだろう。いや、ケツから覗いている我々人間が失礼なのかもしれない。


一番可愛かった子☆


これはスプリングボック。鹿に似ていてとっても可愛い☆このTourで約1000頭くらい見た気がする。


ほかにも象、キリン、オリックス、ライオンなどなど、数え切れない動物を見ることが出来た。
その中でもいろんなことを感じたのがこの湖。

憩いの場


この日はほとんどがシマウマとスプリングボックだが、日によってはたくさんの動物がここに集まってくるという。あのパチンコのCMではないが、こうしてひとつの場所を穏やかに共有している絵から人間は大きなことを学ばなければならない、と思った。


そのほかにどんな事をしたかというと…


プール



まともに風呂も入れてない生徒と先生で、バカンスを楽しんでいる白人さんたちを掻き分けてプールに飛び込んだり。


5年後のW杯 ナミビア代表



地元の小学校の子どもたちと学校対抗でサッカーをしたり(PEPSIの’P’と’I’を隠すと、見事EPS=Erongosig Primary School になるという)。


キャンプファイヤーにて



キャンプをして、キャンプファイヤーで7年生の将来の夢を語ったりした。
将来の夢はお医者さんと弁護士が多かった。先生は2人くらいだったかな。


自分は最後の3日間で食あたりを起こし、食事どころではなくなった。
おそらくどこかで飲んだ水がよくなかったのだろう。
Usakosでは基本的にそのまま水が飲めるが、ナミビアどこでも大丈夫というわけではないらしい。


とにかく旅先で下痢になると、ナミビアでは死のロードが待っている。帰るだけでも移動距離は数百キロになり、路面の状態は決して良くはない。子どもたちは面白がってお腹をつついてくる。


この8日間常にカメラマンを務めてきたが、この3日間は写真の数も激減。テンションも激減。減らなかったのは体重だけ。ずっと同僚の先生と子どもたちに心配されながら帰ってきた。


総移動距離は約3000km。とにかく事故もなくみんな無事に帰ってこれてよかった。長距離移動になると、EPSでは出発のときと帰ってきたときにみんなでお祈りをする。みんなクリスチャンである。


集合写真


それぞれ家の前まで届けると、お母さんたちの姿が。8日間うるさくて生意気で夜も常に寝付かなかったガキンチョたちだが、お母さんの姿を見ると飛びついて抱きしめられていた。そんな姿は世界共通なのかな。そう、信じたい。

08/29

25日で2学期が終了。ただいま春休みに入っています。


試験期間も中盤に入ると、他の先生から○付けを頼まれることがよくありました。
簡単な記号問題や算数ならすらすら進みますが、記述問題となるとお手上げです。


「宗教」の科目のノート採点をしてるときなんか頭がパニクッてました。半日掛けて10人分しか採点できませんでした。担当の先生から模範解答をもらっているのですが、やはりこの問題では何を答えさせたいか…なんて考え始めるともうペンが進まない。その頼んだ先生が言うには「ちゃんと解答を渡してるんだからできるでしょ。」そう言われてもなぁ。


試験の採点をしてるときに気付いたのだが、この学校の生徒たちはほとんどの子がボールペンでテストを解答している。決して「ナミビアの子は何事にも一発勝負を信条としている」というわけではない。間違えたらそれを真っ黒になるまで塗りつぶしてからとなりに答えを書くのだ。だから記述形式なのにたまにマークシートのようにも見える。なぜボールペンなのかはこれから子どもたちに理由を聞いてみようと思う。


一方でボールペンで書くがゆえに、修正する気を全く起こさずに60分のテストを20分で終える子もいる。しかもここは中学ではなく小学校。集中力が続くはずがない。終わった子は静かにしながらも友達と交信をはかろうとする。教室中がE.T.である。


どの子も他の教科に比べて算数が圧倒的に弱い。日本の6年生に当たる子たちのテストで
「6kmはmであらわすと何mでしょう?」
を正解した子は約40人中2,3人だった。


そんなところで先生たちは成績をつけて通知表を書くのだが、この小学校の子たちは試験期間が終わるともう学校へはやって来ない。学期が終わるまでの間に先生たちが通知表を書き、最終日に親御さんがそれを取りに来る。


なんでまたそんな面倒くさいことをするのか?と聞いたところ、
「子どもたちは通知表を親に見せたがらないだろ?」
と、同僚が教えてくれた。ここらへんの子どもの気持ちは世界共通なんだろう。


というわけで最終日には親御さんが沢山いらっしゃった。
ナミビアに来る前は、写真に写っている黒人はみんな同じ顔に見えたものだった。
しかしこうして親御さんを見てみると、親子そっくりの家族がたくさんいるんです。「絶対あの子のお父さんだ」って予想すると当たってるんです。そして我が子の悲惨な成績表を見て頭抱えてたりしてます。ほんまに面白い。


E.P.S.はロケーション(黒人街)の外れにあるがために、アクセスが悪い。みんな歩いてきますが中には車で来る人も、そして…


ロバにまたがってくる人も多数。



あぁ、おれアフリカにいるんだなぁ。と感じた一瞬でした。
担任を持っておらず、基本的に暇な時間だったので、


5分後にはおれもロバで遊んでました。


なかなか大人しいんですよ。馬鹿の象徴といわれてますが、可愛い一面も見せてくれました。


明日からは生徒の遠足に付き添います。遠足といえどなんと1週間!!アフリカンタイムです。


Etosha国立公園に行ってサファリをしてきます。ライオンの餌にならないように気をつけます。


行って来ま~す。
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